プレミアリーグ好きの筆者は英国へ移住した当時、時差を気にせずリアルタイムで試合を見られることに心を躍らせていました。スタジアムに行けない日も、パブやテレビで必ず観戦しようと意気込んでいたのです。英国で迎えた最初の土曜日、さっそくパブで12:30開始の試合を観戦し、その後は別のパブへ移って15:00の試合を待ちました。しかし、いつまでたっても放送が始まりません。不思議に思って店員に尋ねると、「土曜15:00の試合はテレビでは放送されないよ」とのこと。筆者は以前、別の欧州の国にも住んでおり、そこでは土曜15:00の試合も普通に放送されていたため、まったく理解できませんでした。実は、この背景にはリーグ運営や現地観戦文化に関わる事情があります。今回は、英国で土曜15:00の試合が放送されない理由を解説します。
目次
1. プレミアリーグ試合日程と放送に関する基本情報
まず、プレミアリーグの試合日程に関する基本情報を整理します。週末開催分は、土曜12:30、15:00、17:30、日曜14:00、16:30、または金曜・月曜20:00に組まれるのが一般的です。ミッドウィーク開催では、火曜から木曜の20:00開始が中心です。ただし、これらは厳密な固定枠ではありません。テレビ局の放送スケジュールや国内・欧州カップ戦、その他のイベントとの兼ね合いにより、土曜20:00や平日19:30など、別の時間帯に設定されることもあります。
また、土曜15:00、日曜14:00、ミッドウィークの各枠を除けば、複数の試合が同時に開催されることはほとんどありません。特にビッグマッチは、土曜17:30か日曜16:30に配置される傾向があります。実際、2026/27シーズンのうち、記事執筆時点で日時が確定している10月末までの日程を見ると、ビッグ6同士の試合は、10月31日12:30開始のチェルシー対マンチェスター・ユナイテッドを除き、すべてこの2枠に設定されています。
そして、最も多くの試合が組まれるのが土曜15:00の枠です。しかし、この時間帯の試合は英国国内では生中継されません。国外では通常どおり放送されているにもかかわらずです。
なぜこのような違いが生じるのか。次の章で、その背景を解説します。
2. 土曜15:00の試合が放送されない理由
土曜15:00の枠が放送されない理由について、プレミアリーグ公式は次のように説明しています。
“Matches are not traditionally televised in the UK on a Saturday between 14:45-17:15, primarily to protect match attendances and atmosphere at all levels of the game including lower league and non-league matches.”
要約すると、EFL Championshipを含む下部リーグやNon-Leagueなど、あらゆるレベルの試合における観客動員とスタジアムの雰囲気を守るため、土曜14:45から17:15までは英国国内で試合を生中継しない、という意味です。ただ、これだけでは制度が生まれた背景まではよく分かりません。
この点は、英国の公共放送局であるBBCの記事が詳しく解説しています。土曜15:00の試合を放送しない仕組みは、英国では「3pm blackout」と呼ばれます。導入されたのは1960年代で、プレミアリーグ創設のおよそ30年前です。主な目的は、ファンに下部リーグの試合をスタジアムで観戦してもらうことでした。制度の導入をEFL(English Football League)に働きかけたのは、当時バーンリー会長だったBob Lord氏です。記事の内容から読み取ると、Lord氏は、多くの試合が組まれる土曜午後に人気カードがテレビ放送されれば、ファンがテレビ観戦を優先し、スタジアムへ足を運ばなくなると懸念していたようです。
要するに、「この時間にリヴァプールやマンチェスター・ユナイテッドの試合を放送すれば、ファンがそちらを見てスタジアムへ行かなくなる。だから放送をやめよう」という主張です。
なお、記事によれば、英国のブラックアウトはプレミアリーグだけでなく、EFLやスコットランドのリーグ、さらにラ・リーガやセリエAなど国外リーグの試合にも適用されます。制度上の根拠となるのがUEFAの枠組みです。UEFA公式によると、UEFA StatutesのArticle 48に基づき、各国・地域の協会は国内の一定時間を「blocked broadcasting hours」に指定できます。つまり、UEFAが一律に放送禁止を命じているのではなく、各協会がこの仕組みを採用するかどうかを決めています。2026/27シーズンは、イングランドではThe Football Association(FA)が、スコットランドと北アイルランドではそれぞれの協会が対象時間を指定しています。一方、UEFAの一覧を見る限り、スペイン、イタリア、ドイツなどの協会は現在、この仕組みを採用していません。
そのため、国外では土曜15:00のプレミアリーグを視聴できる一方、開催国である英国では見られないという、少し奇妙な状況が生まれています。
3. 今後、放送ルールの変更はあるか?
結論から言うと、向こう数年はこの制度が存続する可能性が高いでしょう。現在の英国国内向け放映契約は、2025/26シーズンから2028/29シーズンまでの4シーズンを対象としており、この契約でも土曜15:00のブラックアウトは維持されているためです。
ただし、その先については議論の余地があります。プレミアリーグCEOのRichard Masters氏は、2025年のThe Guardianの記事で、当面は制度を維持する方針を示す一方、現行制度のままでは国内の放映枠をこれ以上拡大する余地がないとの認識も示しています。また、前出のBBCの記事では、違法ストリーミングの増加も問題として指摘されています。
Blackoutが守っているもの:
一方、Economics Observatoryに興味深い記事が公開されています。この記事は分析上の限界を認めながらも、プレミアリーグの試合が1試合増えるごとに、Non-League(イングランドのリーグ体系で5部以下)の観客数が0.8%減少すると推計しています。特に、近隣のプレミアリーグまたは2部に相当するChampionshipのクラブが同日に試合を行う場合、同じ地域のNon-Leagueクラブでは観客数が3〜4%程度減る傾向が確認されたとしています。3〜4%は小さく見えるかもしれませんが、入場料収入が重要な収益源であるこれらのクラブにとっては、無視できない影響です。記事は、Non-Leagueクラブが地域コミュニティで果たす役割にも触れ、クラブの存続が地域社会にも影響すると指摘しています。
制度見直しを求める声:
さらに、この議論はフットボール界やテレビ業界にとどまらず、英国王室や政治家も巻き込んでいます。同記事によると、アストン・ヴィラのファンとして知られるウィリアム皇太子は、自身のテレビ観戦も制限するブラックアウトに不満を表明しました。また、AFCボーンマスの本拠地を選挙区に含むTom Hayes氏は、エヴァートンファンとして知られる現首相のAndy Burnham氏に、制度の廃止を求める書簡を送ったとされています。
日本では少し考えにくい状況ですが、それだけフットボールが英国の文化や歴史、地域社会に深く結びついていることの表れでもあるでしょう。実際、イングランド国内のフットボール人気は、他の欧州主要国と比べても際立っています。先ほどのEconomics Observatoryの記事によると、イングランド5部リーグの平均観客数は、ドイツの同等レベルのリーグの10倍以上で、スペイン、イタリア、フランスの3部リーグをも大きく上回ります。
4. まとめ
多くの利害関係者が関わるだけに、この議論が今後数年で決着するとは考えにくいでしょう。さらに、プレミアリーグは今季からシンガポールで、独自の配信サービス「Premier League+」を開始しました。このサービスは既存の放送パートナーであるStarHubとの協業で提供されており、直ちに従来の放映権モデルを置き換えるものではありません。ただし、リーグがファンへ直接配信する選択肢を持ち始めたことは、将来の放映権のあり方や3pm blackoutをめぐる議論にも影響を与える可能性があります。英国だけでなく、日本を含む各国の放送パートナーにとっても、今後の展開は注目に値します。
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